the end of an era

You are free to be who you are.

長濱ねる 卒業イベント『ありがとうをめいっぱい伝える日』~アイドル人生の「意味」~

 昨日、2019年7月30日、最後の"アイドル"長濱ねるを見るために、幕張メッセに行ってきた。今も、その余韻が残っているので涙もろくなっているくらいではあるが、筆者なりに、思っていることを書き記しておきたい。

 

 ステージ構成、無料開放されていたホールの展示、どれを取ってみても、どこまでも長濱ねるは長濱ねるなんだなあ、ということを思い知らされた。というか、筆者が彼女を推しているのは、その謙虚さやひたむきさ、その中でも見せるちょっとした拙さ、それ以上に言葉にできない人を癒やす雰囲気に惹かれたからに他ならないし、彼女はそんな生き方を、アイドル人生の最後、会場のお客さん全員のお見送りというところまで、貫いていた。

 それでも、「心地いい時間」だったのかもしれないアイドルから、彼女が卒業するに至った、未来に対する強い意志というものを、感じ取らずにはいられなかった。彼女の言った「自分のパワーがからっぽになりかけていました」「人前に出ることから少し距離を置きたい」という発言は、たしかに一人のファンとしては苦しい思いがある。とはいえ、前を向いて生きている彼女が、そして、4年前の夏、衝動に駆られるようにオーディションに応募し、今度は自分の意志で卒業することを決めていった彼女が、後悔なく、どこかで生きていくことはできるだろうし、そうあってほしいと願うことしかできない。

 

 卒業イベントで披露された、最後のソロ曲『立ち止まる手前で』の歌詞に、どうしても気になった一節がある。というか、その一節のあと、筆者は会場で涙が止まらなくなった。それが、「この私の4年間は 意味のある道だった」というフレーズである。

 この歌詞を聞いたとき、本当にそうなのだろうか、あるいは今そう言い切れるのだろうかという疑問が生じた。いくら当て書きとはいえ、そこには作詞者・秋元康という存在が媒介する。

 たしかに、彼女に関する曲で言えば『乗り遅れたバス』は当て書きだし、欅坂46全体で言えば『W-KEYAKIZAKAの詩』も明らかに当て書きといえる。作詞家・秋元康という存在に目を向ければ、『恋するフォーチュンクッキー』もそう言えるのかもしれない。作詞家・秋元康は、そこに物語があるときに、特に良い詞を生み出しているように思う。

 ただ、こと卒業に関する曲になると、一つだけ、大きなバイアスがかかる。乃木坂46橋本奈々未卒業シングル『サヨナラの意味』、西野七瀬卒業シングル『帰り道は遠回りしたくなる』では、好きだった、そして成長してきた「今の場所」からの別れと、「新しい場所」に向かわなくてはいけない気持ちとの葛藤が描かれている。秋元康が、グループ内騒動で卒業することになった山口真帆たちに向けて、卒業公演に際して書き下ろした『太陽は何度でも』という曲でさえ、「今も大好きなこの街を 今夜出ようと決心した」と、「街」という表現にとどめられてはいるが、こういった表現がみられる。

 アイドル人生というものに意味がある、という前提が崩れることは、アイドル産業から収益を得る作詞家にとって、極力避けなければいけないことだから、という説明が適切かどうかはわからないが、そういう方向にバイアスがかかっている。

 

 さて、ここで「アイドル」というものがどういう形態をとって存在しているのか、それを簡単に整理しておきたい。昭和のアイドルが、「歌手」という世界を中心に、そこからバラエティやそのMCに勢力を広げていったのとは対照的に、平成のアイドルは、「歌手」という世界を中心としているわけではない。ドラマやグラビア、バラエティーに始まり、スポーツ、アナウンサーに至るまで、様々なものからアイドルは生まれうるようになってきた。*1そして、AKB48を始めとする多数のアイドルグループによって、アイドル戦国時代という時代を経験したことによって、芸能界の女性タレントは飽和し、アイドルというものが半ば芸能界での下積みとして機能するようになっていった。たとえば、アイドルアナウンサーというものが登場して久しいが、アナウンサーという定職に至るまでにアイドルを経験した、元アイドルのアナウンサーという人まで出てきている。(市來玲奈斎藤ちはる紺野あさ美がその例)

 ここまでは、アイドルが「夢への通過点」であり、その先にある「夢」へと歩みだすことが卒業、という像を維持していると言える。ただ、最近のアイドルは、もはや「夢」となっている、という面さえ見られる。同性アイドルを推すファンの延長上に、アイドルになることが「夢」となっていく人たちも多くいて、指原莉乃柏木由紀はその典型であり、今回の話題で言えば、長濱ねるはアイドルになるきっかけを伊藤万理華から得ているわけだし、けやき坂46のうち何人か(たとえば濱岸ひより)はアイドルになるきっかけを長濱ねるから得ている。

 こういった「夢」の連鎖が起こることは、アイドルの物語性を一層強めることになり、さらにはアイドルが「夢への通過点」ではなくなっていくことになっている。もちろん、アイドルになることが「夢」であった人が、次の舞台を見つけて旅立っていくこともあるのだが、先程述べたように、女性タレントは飽和している。その中で、次の舞台への旅立ちを留保した仕組みとして、乃木坂46の1期生のような、アイドルと女優、アイドルと作家の兼業に近いようなものができているし、さらには、乃木坂46が卒業したくないと思わせる「居心地のいい空間」として機能するようになった遠因となっているようにも思う。

 

 伊藤万理華もその傾向があると言えるかもしれないが、特に長濱ねるは、「人前に出ることから少し距離を置きたい」というように、アイドルの先にあるような舞台とはまた別の舞台へと行きたいと考えているように思う。そこで、アイドルをしていたという経験が意味のあるものとして機能するのか、ただ「放電」していただけの期間にはならないのだろうか、という疑念が生じざるを得ない。アイドル人生がただの放電期間だったとしたら、それはどれだけ苦しいことか、想像してもしきれない。その意味で、秋元康が書き、長濱ねるの口から発せられた「意味のある道だった」という歌詞を聞いたとき、涙が溢れてきてしまった。

 ただ、会場で流れた映像を見る限り、彼女自身がアイドル人生を通して変わったということは伝わってきたし、今の時点では「意味のある道だった」と思っているのだろうと思う。だからこそ、10年後、20年後になっても、1339日間のアイドル人生がどこか遠回りでもいいから「意味のある道だった」と言える人生を歩んでほしい。 

(文中敬称略)

*1:たとえばこのような一連の論考として、 https://taishu.jp/articles/-/58014 がある